日経リスク&コンプライアンス/コラム

米国の輸入規制経済安全保障規制の基礎と
サプライチェーン・デューデリジェンス

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「米国の輸入規制経済安全保障規制の基礎と
サプライチェーン・デューデリジェンス」と題した
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米国は、中国の新疆ウイグル自治区のウイグル族等の少数民族に関する人権問題を理由として、中国に関する様々な取引を規制しています。2022年6月に施行されるウイグル強制労働防止法は、新疆ウイグル自治区において全部または一部が製造された産品について、強制労働の疑いを理由として米国への輸入を差し止めるもので、日本企業にも影響が想定されます。

米国に製品を輸出する日本企業は、直接の取引先のみならず、サプライチェーンを調査した上で、新疆ウイグル自治区産品やサプライチェーン上流の事業者に関する情報を収集することが重要となります。

専門家である西村あさひ法律事務所の中島和穂弁護士に、新疆ウイグル問題や米国制裁の最新動向および日本企業の留意点、サプライチェーン管理におけるデューデリジェンスについて解説いただきました。

西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士 中島 和穂

2001年東京大学法学部第1類卒業、2002年弁護士登録、2009年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2010年ニューヨーク州弁護士登録。2009-2010年ニューヨークのワイル・ゴッチャル&マンジズ法律事務所勤務、2016-2019年ドバイ駐在員事務所代表。M&A、国際取引、規制対応、訴訟・紛争を中心とする企業法務全般を支援している。事業再生局面での官民ファンドによるM&A、証券会社と証券取引所間の巨額の損害賠償紛争、日本で初めての買収防衛策の導入、世界に拠点を有する企業間の統合、地政学的なリスクを抱える中東への進出案件、M&Aの価格調整における巨額の仲裁案件等、様々な論点が複雑に絡む案件の経験が豊富。近時は、安全保障、技術覇権やテロ対策に関する国際社会の関心の高まりを踏まえて、非米国企業にとっての米国の経済制裁や輸出・再輸出規制、および、日本の輸出規制やマネーロンダリング規制に関する案件に多数関与している。

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士 中島和穂氏
01

新疆ウイグルを巡る最新動向を教えて下さい。

中島弁護士: 米国政府は、新疆ウイグル自治区におけるウイグル民族等の少数民族の人権問題を理由として、中国企業に関係する取引を規制してきましたが、主に、①輸入規制、②輸出規制、③経済制裁の3つに分けられます。

まず、輸入規制は、関税法に基づき、新疆ウイグルにおいて全部又は一部が製造された産品について強制労働の疑いを理由として米国への輸入を差し止めるものです。2020年頃から新疆ウイグル産品の輸入を差し止める事例が数多く生じています。2021年12月23日にはウイグル強制労働防止法が新たに成立し、関税法に基づく輸入規制が強化されます。具体的には、2022年6月21日以降、新疆ウイグル自治区で製造された製品や、新疆ウイグルの強制労働への関与を理由として今後米国政府が指定する事業者の製品は、輸入禁止対象となることが推定されます。この推定を覆すことは容易ではないと思われます。

また、輸出規制については、米国政府は、中国政府機関や監視技術機器・技術を製造・開発する中国企業をEntity Listに掲載しました。Entity Listに掲載された中国企業向けに米国原産品を輸出する場合には米国当局から輸出ライセンスを取得する必要がありますが、原則として米国当局は輸出ライセンスを認めません。米国からEntity Listの掲載企業に対して、米国原産品目を直接売買するのみならず、米国から日本に輸出された品目を更に中国に再輸出する取引も規制を受けることがありますので注意が必要です。

さらに、経済制裁については、米国政府は、中国政府系企業である新疆生産建設兵団(XPCC)や関連する政府高官を制裁対象リスト(いわゆるSDNリスト)に掲載し、それらの法人や個人の米国内の資産が凍結されました。通常、このSDNにリストに掲載された企業は、国際的な経済活動に従事することが著しく困難になります。この資産凍結とは別に、監視技術機器・技術を製造開発する中国企業が発行する公開有価証券の米国人・米国企業による売買規制が導入され、米国人や米国企業の資金がこれらの中国企業に投下されることを防いでいます。

02

新疆ウイグル関連で日本企業が留意すべき点はどのような内容でしょうか。

中島弁護士: 日本企業は、上記(1)で述べた規制のうち何れが自らが従事する取引に適応されるかを検討する必要があります。輸入規制については米国向けの製品の原材料に新疆ウイグル産品目や強制労働により製造された品目が含まれていないかを検証することになります。輸出規制については、米国原産品そのものやそれが含まれた産品をEntity Listに掲載された企業に向けて販売していないかを検証することになります。経済制裁のうちSDNリスト掲載企業については、どのような企業が自己の商流に含まれていないかを検討することになります。他方、公開有価証券の売買が規制される中国企業については、商品売買等の商取引にのみ従事する場合には、今後米中の対立が深刻化し、規制が強化されて、SDNリストに掲載される場合の取引関係への影響を考慮しておくべきでしょう。

03

米国制裁の最新動向を教えてください。

中島弁護士: 米国政府は、2月下旬のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、同盟国と協調し、ロシアに対する制裁を発動しました。2014年のロシアによるクリミヤ半島併合に際して米国はロシアに対する制裁を発動していましたが、今回の制裁はそれを上回る厳しい内容です。

制裁の内容は、①ロシア大統領や政府・軍関係者・新興財閥に対する資産凍結、②ロシアの金融機関に対する制裁、③ロシアから米国へのエネルギーの輸入禁止、④米国人・米国企業によるロシアのエネルギー関連の投資・金融取引の禁止、⑤ロシア軍需関連企業に対する輸出規制などが挙げられます。

全面的な制裁はロシアのみならず自国や同盟国への影響が大きいことから、安全保障上の脅威をもたらすロシアの個人や団体を狙い撃ちし、ロシアの国家の歳入財源となるエネルギーについては、欧州がエネルギーの輸入を続けられるよう配慮しつつ、米国への輸入禁止や米国による投資・金融取引の禁止という方法でロシアの経済活動を孤立させようとしています。

また、米国政府は、中国、ミャンマー等に関して人権侵害を理由とした資産凍結措置を継続的に講じています。例えば、人権デーである昨年12月10日、米国政府は、ウイグル、ミャンマー、バングラディッシュ及び北朝鮮に関する人権問題を理由として、個人15名及び団体10社に対して資産凍結措置を講ずると共に、中国企業1社が発行する公開有価証券の米国人・米国企業による売買規制を発動しました。

04

このような最新動向を踏まえた日本企業の留意点を教えてください。

中島弁護士: ロシア制裁のように国際情勢の変動により突如として幅広い制裁が課され、従前から行っていた取引が実行できなくなることがあります。また、中国やミャンマーのように既に制裁が発動されている国についても、米国政府が徐々に制裁対象となる個人・団体や取引類型を拡大し、今後取引ができなくなる可能性を考慮しなければならないことがあります。

まずは、米国の制裁法を含めて自社の取引に適用される国の制裁の内容を把握し、そのリスクの有無やその程度を考慮する必要があります。次に、制裁リスクが現実的である場合、制裁によって規制される取引を中止又は変更することによって自社に生じる損失の有無や規模やそれらに対処するための契約条件を考慮する必要があります。ここでいう損失には、自己の投資損失や債権回収不能のみならず、契約の相手方に対する賠償責任などがありえます。さらに、制裁を理由として取引を中止する場合には、制裁対象国の対抗措置の可能性等を考慮する必要があります。この対抗措置は、制裁対象国における許認可剥奪のような法的なもののみならず、制裁対象国における不買運動などの商業的な不利益もあり得ます。

このような検討のためには、制裁発動後の情報収集は勿論重要ですが、制裁発動前から、制裁リスクへの対処方針を策定し、関連する政治・法律・経済に関する情報を収集する体制を構築しておくべきでしょう。

05

サプライチェーン管理におけるデューデリジェンスの留意点

中島弁護士: サプライチェーンの管理は、自社の直接の供給元や販売先のみならず、その先にいる原材料の供給者や自社製品のエンドユーザーなど間接的な取引先を検証することが重要となります。

新疆ウイグル関連でいえば、自社の原材料や部品に強制労働品が含まれていないかという視点で取引の上流を検証したり、自社の製品が少数民族の監視や抑留施設の支援などの人権侵害に用いられていないかという視点で取引の下流を検証することになります。

これらの検証には情報収集が必要です。インターネットなどで公知情報を集めることが最も簡便な方法ですが、企業情報を含めて様々な言語の公知情報を収集して整理したデータサービスを用いることも有用です。

また、公知情報を超える情報を収集するには、取引先に対して情報提供を求めたり、調査会社を起用することも考えられます。誓約書や契約書における表明保証のように一定の事実関係の存在や不存在について確認したり、一定の事項についての誓約するという方法もありますし、取引先が説明する内容を検証するために、根拠となる書類の提供を求めたり、事務所や工場を監査することも考えられます。

但し、中国の反外国制裁法のように米国の制裁に基づく差別的措置に対する対抗措置が定められている国の企業に対して調査する場合には、その協力の要請の仕方は工夫する必要があるでしょう。

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