日経リスク&コンプライアンス/コラム

経済安全保障とは?
基礎知識から
企業が直面する4つのリスク、
具体的な対策ポイントを解説

Release  2026.05
  • コラム・インタビュー
  • 経済安全保障規制
  • 第三者(取引先)管理

近年、国際情勢の激変に伴い、経済安全保障という言葉がビジネスの最前線で語られるようになりました。

2022年に経済安全保障推進法が成立して以降、企業は単なる利益追求だけでなく、国家レベルの安全保障を意識した経営を求められています。

本記事では、経済安全保障の基本概念から、半導体やレアアースといった身近な事例、そして企業が守るべき4つの領域について解説します。

01

なぜ今、経済安全保障が重要なのか

冷戦終結後の自由貿易時代から一転、なぜ経済活動に国家が介入するようになったのでしょうか。

従来の軍事的な安全保障と、経済的な手段で国を守る経済安全保障の違いを、地政学リスクの観点から解説します。

経済安全保障の定義と背景

経済安全保障とは、経済的な手段によって国家や国民の安全を確保することです。

資本主義経済のグローバル化が極限まで進展した結果、世界中の企業は「もっともコストが低く、かつ効率的な地域」から原材料や部品を調達するサプライチェーンを構築するようになりました。

ただし、この高度に相互依存した体制は、安定した国際秩序が維持されていることを前提としており、その前提が揺らぐと影響を受けやすい側面もあります。

近年の米中間の対立の深まりやロシアによるウクライナ侵攻、中東情勢の緊迫化などを背景に、世界の地政学リスクへの懸念が一気に高まりました。

これにより、かつては単なる調達先や市場とみなされていた国々が、供給の停止や輸出規制といった形で経済に影響を及ぼすリスクが現実のものとなっています。

特にエネルギー、食料、半導体などの重要物資や先端技術を特定の国に過度に依存することの危うさが、改めて認識されるようになりました。

こうした状況を受け、経済活動を企業の利益追求のみに委ねるのではなく、国家の安全保障や国民生活の安定という観点から、各国政府が一定の関与や規制を強める動きが広がっています。

もはや経済は政治や外交から切り離されたものではなく、国家戦略と密接に結びつき、地政学的な競争の一部として捉えられるようになっています。

従来の軍事安全保障との違い

従来の安全保障(軍事安全保障)が、領土や領海、主権を軍事力や外交防衛政策によって武力から守ることに主軸を置いていたのに対し、経済安全保障は国民生活や経済活動の基盤を維持し、他国に対して技術的・産業的な優位性や不可欠性を保つことを目指します。

守るべき対象が国境線から、供給網やデータ、技術資産へとシフトしている点が違いです。

現代の国際紛争においては、目に見えるミサイルや戦車による攻撃だけでなく、経済的な手段を武器として用いる経済的威圧が頻発しています。

例えば、外交的な対立が生じた際に、報復措置として特定の国からの重要鉱物の輸出を突如ストップさせたり、不当な通関遅延を起こしたり、あるいは政府主導で不買運動を展開させたりする手法です。

このように、大砲やミサイルではなく、半導体の供給停止や重要資源の禁輸、制裁関税、サイバー攻撃による重要インフラの麻痺などが、相手国の経済活動に大きな影響を与える手段として使われるのが現代の争い方の大きな特徴です。

民間企業が保有する工場や技術、サプライチェーンそのものが、国家間の紛争の最前線に組み込まれています。

日本における経済安全保障推進法の役割

2022年5月に成立した経済安全保障推進法は、日本が国際社会の中で戦略的な自律性を高め、他国に対する優位性と不可欠性を確保するための明確な法的指針です。

この法律は、これまで民間企業の自由な経済活動と国家の安全保障の間にあったあいまいな領域に、明確な法的枠組みを設けたものです。

同法は、特定重要物資の供給網の確保、基幹インフラの安全性確保、先端技術に関する官民連携、特許出願の非公開という4つの柱で構成されています。

これにより、これまで企業の判断に委ねられていた部品の調達先の選定やITシステムの導入、技術開発の方針についても、国家が安全保障の観点から一定の関与や審査、支援を行う仕組みが整えられました。

この法律の施行によって、日本企業は単にコストや品質だけで判断する従来の経済合理性だけでは意思決定できなくなっています。

コンプライアンスの一環として、自社の事業が安全保障に与える影響や規制への適合性を常に意識し、経営戦略に経済安全保障の視点を組み込むことが求められています。

02

日本が直面するリスク領域と影響

経済安全保障推進法では、企業活動に関連する重要な領域が定められています。

これらは単なる規制項目ではなく、事業を継続していく上での重要な判断材料であり、自社の事業継続計画(BCP)を検討する際の重要なチェックポイントにもなります。

特定重要物資の供給網リスク

特定重要物資とは、国民生活に不可欠であり、または経済活動が広く依存している一方で、供給を海外など外部に大きく依存しているため、供給が途絶した場合に国民生活や経済に重大な影響が生じるおそれのある物資を指します。

具体的には、半導体、蓄電池、レアアースやコバルトなどの重要な鉱物、医薬品、永久磁石、天然ガス、工作機械・産業用ロボットなど、多岐にわたる物資が指定されています。

近代の製造業やデジタル社会において、これらの物資は産業の発展を支える基盤ともいえる存在です。

しかし、これらの多くは採掘地域が偏っていたり、精錬・加工プロセスが特定の国に極端に集中していたりします。

例えば、電気自動車やクリーンエネルギーに不可欠な蓄電池の原材料、スマートフォンや精密機械に必須のレアアースなどは、特定の国への依存度が極めて高い状態が続いています。

もし、地政学的な有事や輸出規制によってこれらの特定重要物資を大きく依存している国からの供給が停止した場合、製品の出荷に重大な支障をきたす恐れがあります。

これは単に一企業の売上減少に留まらず、日本の主要産業に大きな影響を与え、雇用や社会インフラにも波及する可能性があります。

そのため、調達先を単一国に頼らないサプライチェーンの強靭化が、企業の課題となっています。

基幹インフラの安全性・信頼性の確保

基幹インフラの安全性・信頼性の確保に向けた制度とは、日本の社会および経済活動の基盤を支える重要インフラに対して、外部からの妨害行為やサイバー攻撃、重要設備の機能停止といったリスクを未然に防ぐための制度です。

対象となるのは、電気、ガス、石油、水道、鉄道、航空、空港、貨物自動車運送、外航貨物、通信、放送、郵便、金融、クレジットカードなどの14分野において、基幹インフラを担う事業者です。

現代のインフラシステムは、そのほぼすべてがインターネットや専用のデジタルネットワークで結ばれ、高度なITシステムによって制御されています。

もしこれらの重要システムに、悪意あるプログラムが仕込まれた外国製の機器やソフトウェアが導入された場合、有事の際に外部からの不正アクセスや遠隔操作によって、発電所の停止や金融決済システムの障害、通信網の不通といった重大な影響が生じる可能性があると指摘されています。

経済安全保障推進法では、これら14業種の基幹インフラ事業者が重要な設備やシステムを導入・委託する際、サプライチェーンの上流に安全保障上の懸念がないか、国が事前に審査を行う仕組みを導入しました。

この制度はインフラ事業者だけでなく、設備の製造やシステム開発・保守に関わる施工会社、ITベンダー、部品サプライヤーにも影響を及ぼすため、広い範囲で対応が求められています。

先端技術の流出と資金供給の監視

現代の技術革新の特徴の一つとして、人工知能、量子コンピューティング、宇宙開発、サイバーセキュリティ、バイオテクノロジー、海洋技術などの先端分野が、民間利用と軍事利用の両方に転用可能な「デュアルユース(軍民両用)」の性質を持っている点が挙げられます。

例えば、自動運転向けの画像認識技術がドローンの自律制御に応用されたり、量子計算技術が暗号解読に活用されたりする可能性があるなど、技術の用途が広がる一方で、安全保障上のリスクも指摘されています。

こうした中で、日本企業や大学・研究機関が保有する先端技術や研究成果についても、共同研究や学術交流のほか、従業員の転職、サイバー攻撃などを通じて、意図せず海外の軍事関連機関や懸念のある組織へ流出するリスクが高まっているとされています。

また、M&Aや合弁会社の設立を通じて、技術を持つ企業の経営権が取得され、その結果として技術やデータが移転するケースも少なくありません。

こうした状況を受けて、安全保障上の懸念がある国や団体からの投資に対する監視は、国際的にも強化されています。

日本でも外為法の改正などにより、安全保障に関わる重要分野の企業への外国投資について、事前届出の基準や審査が厳格化されています。

そのため企業には、資金調達やパートナー選定において、資金の出どころや出資者の属性まで含めて慎重に確認する姿勢が求められるでしょう。

03

取引先リスクとスクリーニングによる解決策

法整備が進む中で、企業がもっとも注意すべきは、知らないうちに規制対象国や懸念団体と取引をしてしまうことです。

こうした取引は単なる事務的なミスでは済まず、企業経営に大きな影響を与える可能性があります。

実名・背後関係の把握

取引先リスクを適切に管理する上でもっとも基本となるのが、相手が誰であるかを正確に特定することです。

これは単に企業名を確認するだけでは不十分であり、実際の取引主体となっている法人の実在性や、最終的な支配者(実質的支配者=UBO)まで含めて把握する必要があります。

制裁リスク

現代の経済安全保障実務では、取引相手が表面上の企業名と一致しているかどうかだけでは、十分な確認とはいえません。

各国や国際機関による経済制裁は複雑であり、直接の取引先(Tier1)が制裁リストに掲載されていなくても、その親会社や実質的な支配者、あるいは制裁対象者が経営に関与している場合には、取引全体が制裁違反と判断される可能性があります。

このような実名・背後関係を含めた確認が不十分なまま、制裁対象者に関連する企業と取引を行った場合、二次制裁の対象となるリスクも少なくありません。

二次制裁の対象となると、国際的な金融取引への制約が生じる可能性があり、特に米ドル建ての決済や海外送金など、グローバル取引に大きな影響を及ぼすことがあります。

そのため、海外ビジネスを行う企業にとっては、取引停止や事業見直しを迫られる要因となる場合もあります。

対策

これらのリスクを防ぐための対策として、スクリーニングサービスの導入が挙げられます。

これにより、新規取引の確認だけでなく、既存の取引先についても制裁リストの更新に応じて自動的に再照合が行われ、見落としのリスクを抑えることが可能になります。

レピュテーションリスクと社会的責任

現代では、企業活動に対する社会の目が非常に厳しくなっており、たとえ自社が直接的な違法行為を行っていなかったとしても、取引先の不祥事やコンプライアンス違反が報道されることで、間接的に批判の対象となるケースが増えています。

その結果、ブランド価値の低下や顧客離れ、取引停止といった二次的な影響につながる可能性があります。

特に注意すべきなのは、「知らなかった」では済まされない場合があるという点です。

企業には取引先を適切に管理・監督する責任があるとみなされるため、事前のスクリーニングや継続的なモニタリングが不十分な場合、社会的責任を問われるリスクが高まります。

レピュテーションリスク

企業経営においては、法的・金銭的な影響と同様に、企業の社会的信用や評判の低下(レピュテーションリスク)も重要な経営課題とされています。

インターネットやSNSの普及により、企業のコンプライアンス違反や不適切な取引に関する情報は、短時間で広く拡散される可能性があります。

特に近年、経済安全保障と密接に結びついているのが人権デューデリジェンスや、ESG(環境・社会・ガバナンス)の視点です。

そのため、自社が直接関与していなくても、サプライチェーン上の特定地域や企業における人権問題などが明らかになった場合、企業イメージや取引関係に影響が及ぶことがあります。

こうした評価の変化は、顧客企業との取引や投資家の判断にも影響するため、企業にとって継続的なリスク管理の対象となるでしょう。

対策

複雑化するサプライチェーンの中で、懸念される国・地域や組織が関与していないかを多面的に確認し、必要に応じて代替調達先を検討することが重要です。

そのためには、取引先スクリーニングやサプライチェーン分析ツールの活用が有効です。

これらを用いることで、自社が調達している部品や原材料について、原産地や製造・流通に関わる中間業者を可視化し、人権問題や安全保障上の懸念が指摘されている国・地域、あるいは実体の不透明な企業(シェルカンパニーなど)が介在していないかを継続的に確認することができます。

デジタル時代の見えない流出を防ぐ

デジタル時代の取引先管理には、従来以上に広範な視点と継続的なリスク監視が求められており、企業の信用と安全性を守るための重要な経営課題となっています。

データ流出によるリスク

経済安全保障のリスクは、物理的な製品や部品の取引だけに限られません。

設計データや業務データなどのデジタル情報も、重要な管理対象となっています。

特に建設・土木・測量・都市開発などで扱われる設計データや、ドローン・レーザースキャンによって取得される3D点群データは、重要な情報資産にあたります。

これらのデータは構造物や地形を高精度で再現できるため、適切な管理が必要です。

外部への流出が発生した場合、インフラに関する情報が第三者に渡る可能性があります。

そのため、セキュリティ対策やアクセス権限の管理を徹底することが重要です。

また、BIM/CIMやプロジェクト管理でクラウドサービスを利用する際には、サーバーの設置場所や適用される法制度、データ管理体制について事前に確認しておくことが求められるでしょう。

対策

こうしたデジタルデータや無形資産の流出リスクに対応するためには、ITインフラのセキュリティ対策に加えて、データへアクセスする人や組織(委託先、共同研究先、システムベンダーなど)の管理も重要です。

取引先リスクスクリーニングの活用は、その一つの手段として位置づけられます。

データ共有やシステム開発を委託する海外の開発ベンダーやクラウド事業者については、資本関係や過去のトラブル、情報管理体制などを確認し、リスクの有無を事前に把握しておくことが必要です。

また、スクリーニング結果やアクセス権限の管理状況、監査ログなどを記録として残しておくことで、社内の管理体制を継続的に検証しやすくなります。

これにより、データ管理の透明性が高まり、監査や説明責任が求められた際にも、適切な管理プロセスを実施していたことを示す根拠として活用できるようになるでしょう。

04

まとめ

経済安全保障は、もはやニュースや政策だけの話ではなく、企業経営に直結する重要な経営課題となっています。

グローバルな供給網やデジタル技術を前提とした事業環境では、安定供給や情報管理の重要性が一層高まっています。

これまでのようにコストや効率性だけを重視する経営から、安全性や不確実性への備えを含めた判断が求められる流れに変化しています。

特定重要物資の供給網の強化や、先端技術・機微データの流出防止に加え、取引先リスクスクリーニングの活用は、その中心的な取り組みの一つです。

こうした対応は単なるコストではなく、事業の継続性を支えるための投資として捉える必要があります。

不確実性の高い国際環境の中で事業を安定させるためには、サプライチェーンや取引先の状況を可視化し、リスクを整理することが重要です。

適切なリスク管理とテクノロジーの活用が、企業のレジリエンスを高め、持続的な成長を支える基盤となるでしょう。

05

経済安全保障に関するよくある質問(FAQ)

本章では経済安全保障に関する質問を紹介し、解説します。

近年注目が高まる分野であることから、実務上の判断に迷いやすいポイントを中心に整理しています。

Q1:経済安全保障推進法に違反した場合、どのような罰則がありますか?

経済安全保障推進法では、制度や違反内容に応じて懲役刑や罰金刑が定められています。

特に基幹インフラ制度や特許非公開制度などでは、虚偽申告や命令違反に対して刑事罰が科される場合があります。

詳細な罰則内容は制度ごとに異なるため、最新の法令やガイドラインを確認することが重要です。

Q2:中小企業ですが、経済安全保障対策は必要でしょうか?

中小企業であっても経済安全保障対策は必要であり、避けて通ることはできません。

現代のサプライチェーンは網の目のように複雑に張り巡らされており、大企業は多くの中小企業の技術や部品、サービスに支えられています。

もし、大企業のサプライチェーンの末端に位置する中小企業が、安全保障上のリスクを抱えていた場合、サプライチェーン全体にリスクが波及し、取引先である大企業の事業継続に重大な影響を及ぼす可能性があります。

Q3:取引先リスクスクリーニングとは、具体的に何を調べるのですか?

制裁リストへの掲載有無、政治的に重要な立場にある人物(PEPs)との関係、ネガティブニュースの有無、実質的支配者の属性などを調査します。

これにより、取引を通じた資金洗浄や技術流出、経済制裁違反を未然に防ぎます。

監修者

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