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人権デューデリジェンス(人権DD)は、現代の企業経営において避けて通れない重要な課題の一つです。
しかし、いざ取り組もうとしても具体的にどのような手順で進めればよいのか、サプライチェーンの末端まで把握するのは不可能ではないか、などと悩む実務担当者も少なくありません。
本記事では、初学者向けに人権DDの定義や必要性、プロセスを解説します。
人権DDの定義と重要視される理由
まずは人権DDの言葉の定義と、なぜ今、日本企業にとってこれほどまでに重要視されているのか、その背景について解説します。
人権デューデリジェンスの定義と目的
人権デューデリジェンスとは、企業が自社、グループ会社、およびサプライチェーン全体において、人権に対する影響を特定し、それを予防・軽減し、さらにその対応結果について説明・開示していく一連の継続的なプロセスを指します。
ここで重要となるのは、人権DDが単なる一回限りの調査や、チェックリストの穴埋めではないという点です。
人権DDの真の目的は、ビジネスに関わるすべての人の尊厳を守りながら、強制労働、児童労働、人種や性別による差別、過酷な労働環境といった人権侵害を未然に防ぎ、結果として企業の持続可能性と社会的信頼を高めることにあります。
この概念の基盤となっているのが、ビジネスと人権に関する指導原則です。
この指導原則は、人権を保護する国家の義務と、人権を尊重する企業の責任、そして人権侵害に対する効果的な救済へのアクセスという3つの柱で構成されています。
これ以降、企業が自らの事業活動だけでなく、関係する取引先も含めて人権尊重に責任を持つことが、グローバル社会における経営の常識として定着しました。
ESG投資と国際的な法規制の加速
人権DDへの対応を迫られている理由は、ESG投資の拡大と欧米を中心とした国際的な法規制の強化です。
近年の資本市場において、投資家は単に財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)という非財務情報を厳しく評価して投資判断を下すようになりました。
人権問題はこの中の「社会(Social)」の中心に位置する課題です。
人権への配慮を怠り、サプライチェーン上での強制労働や児童労働を放置しているとみなされた企業は、機関投資家から持続可能性が低い高リスク企業と判定され、投資対象から除外されたり、資金調達コストが上昇したりする深刻な事態に直面するでしょう。
さらに、法規制の側面からも強力な外圧がかかっています。
特に欧州では、規制が努力目標から強制力のある法律へとシフトしつつあります。
その代表格が、EUで可決された、企業持続可能性デューデリジェンス指令です。
この指令は、EU域内で一定以上の規模を持つ企業だけでなく、一定の売上基準を満たす域外の企業にも適用され、人権や環境に関するデューデリジェンスを義務づけています。
もし違反や不作為が発覚した場合、売上高に応じた巨額の制裁金が科される可能性があり、製品の流通差し止めなどの厳しい処分が下されることもあります。
グローバルな取引網を持つ日本企業にとって、人権DDは単なる自主的な取り組みではなく、国際市場で事業を継続するための重要な経営要件になりつつあります。
日本企業における現状と義務化の動向
日本でも経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しており、現時点では直接的な法的義務や罰則を伴うものではありません。
一方で、政府調達での要件化や、大手企業によるサプライヤーへの人権方針の遵守要請は強まる傾向にあります。
こうした動きの中で対応が遅れた場合、レピュテーションリスクや主要顧客からの取引見直しにつながる可能性があるでしょう。
そのため、企業規模にかかわらず、サプライチェーン全体での人権配慮への対応が求められる段階に入っています。
ガイドラインに示された人権DDのための3ステップ
人権DDは一過性のイベントではなく、PDCAサイクルを回し続ける継続的な活動です。
本章では、ガイドラインで示されている3つのステップについて、具体的な行動内容と実務上の注意点を解説します。
人権方針の策定とコミットメント
人権DDという大きなプロジェクトを始動するにあたり、すべての活動の出発点であり強固な土台となるのが「人権方針の策定とコミットメント」です。
これは、企業が自社の事業活動およびサプライチェーンにおいて、人権を最優先事項の一つとして尊重することを社内外に対して公式に宣言する文書です。
実務上のポイントとしては、この人権方針をサステナビリティ部門や法務部門だけで作成するのではなく、経営トップ(社長や取締役会)の関与と承認のもとで策定することが重要になります。
経営層が自らコミットメントを発信しなければ、社内の他部門や取引先を巻き込む推進力を得ることはできません。
策定された人権方針は、単に社内サーバーに保管するだけでなく、自社のウェブサイト等で広く外部に公開し、多言語化して海外のステークホルダーやサプライヤーにも広く周知・発信することが重要です。
負の影響の特定とリスク評価
自社およびサプライチェーン上の事業活動が、誰のどのような人権を侵害する可能性があるかを洗い出します。
製品の原材料調達から廃棄に至るまで、国・地域ごとの特性や業界特有の課題を把握・評価します。
特に、原料調達の末端における強制労働などは、幾重にも重なる中間業者によって隠れがちです。
負の影響の停止・予防・軽減
特定されたリスクに対し、サプライヤーへの行動規範の遵守要請、定期的な監査、従業員教育、契約条件への人権条項の追加などの予防策を打ちます。
重要なのは、サプライヤーに一方的に改善を求めるのではなく、対話を通じて課題を共有し、段階的な改善を促すことです。
高い基準を一方的に押しつけると、リスクが隠され、実態把握が難しくなる可能性があります。
改善の意思が見られない場合に限り、最終手段として取引見直しを検討する流れが望ましいでしょう。
人権DDの開示方法と具体的解決策

取り組みを社内に留めるのではなく、外部へ適切に発信し、透明性を確保することが求められます。
本章では、多くの企業が頭を抱える、深層サプライヤーの把握という難題への向き合い方について解説します。
情報開示とステークホルダーとの対話
人権DDの結果や対応状況は、統合報告書やサステナビリティレポート、ウェブサイトを通じて公表します。
方針があるだけでなく、具体的なリスク特定数や是正の結果、残された課題を誠実に開示することが投資家や顧客からの信頼につながるでしょう。
また、NGOや当事者団体などのステークホルダーと対話を行い、外部の視点を取り入れることで、自社では気づけなかった潜在的なリスクを早期に発見することが可能になります。
サプライチェーンの可視化による解決
多くの実務担当者が人権DDを進める中で、突き当たる課題は、サプライチェーンの可視化における壁です。
直接取引のある1次サプライヤーまでは、営業担当者を通じたアンケートや日頃のコミュニケーションでなんとか状況を把握できるでしょう。
しかし、2次・3次・4次とサプライチェーンを上流へ遡るほど、関係する企業数は急速に増加し、取引関係も間接的になります。
その結果、全体像の把握は難しくなり、実態の確認には一定の限界が生じやすくなります。
従来の一般的なアプローチであったExcelの質問票をメールで送り、回収して手作業で集計するというやり方では、1次サプライヤーの対応だけで担当者の業務がパンクしてしまい、深層サプライヤーへのアプローチなど到底不可能です。
また、紙やメールのアンケートは回答側の負担も大きく、形式的な問題なしという回答が並びがちで、調査自体が形骸化する原因にもなります。
課題を解決するための手段として、ITツールを活用したサプライチェーンのデジタル化が挙げられます。
例えば、クラウドを活用したプラットフォームを導入することで、サプライヤー網をシステム上で可視化し、一斉に調査・データを収集できる環境を整えます。
サプライヤー間で情報を安全に共有・連携できるデジタルプラットフォームを構築・活用することで、2次以降の深層サプライヤーのリスクデータも効率的に集約できるようになります。
アナログな管理から脱却し、データを一元的に管理することは、サプライチェーンの透明性を高めるための重要な基盤となります。
また、人権リスクを含む各種リスクの早期把握や対応につなげるための仕組みとしても有効です。
人権DD評価・支援サービスによる解決策
人権デューデリジェンス(人権DD)に関するサービスの中には、複雑なサプライチェーンをシステム上で可視化し、リスクを一定の基準で評価・スコアリングするものがあります。
これにより、担当者の事務作業の負担を軽減し、管理業務の効率化を図ることが可能です。
また、実務に沿った対応方針の整理や、法規制に準拠した報告書作成について、専門チームが支援するサービスも見られます。
こうしたテクノロジーを活用することで、人権DDに初めて取り組む企業でも、段階的にリスク管理体制を構築しやすくなります。
人権DDを持続可能とするために必要な仕組み

人権尊重を文化として根付かせるためには、形式的な調査だけでなく、組織としての仕組みが必要です。
本章では、内部通報制度の拡充や、継続的な改善を可能にする体制づくりについて解説します。
経営層の関与と部署横断チームの編成
人権デューデリジェンス(人権DD)が形骸化したり、十分に機能しなかったりする要因の一つに、サステナビリティ部門への業務の偏りや、部門間の連携不足といった組織上の課題があります。
人権リスクは、特定の部署だけで完結するものではありません。
サプライヤー選定を担う調達・購買部門、労務管理やハラスメント対応を行う人事・労務部門、契約や法令遵守を確認する法務・コンプライアンス部門、さらに顧客対応を担う営業・事業部門など、幅広い業務領域に関係しています。
この縦割りの課題を解消するためには、まず経営陣が人権尊重を経営上の重要な方針の一つとして位置づけ、社内に対して継続的に発信していくことが前提となります。
その上で、取締役会の監督のもとで全社的な統括組織としてサステナビリティ委員会を設置したり、関係部門の責任者を横断的に集めた人権DDのプロジェクトチーム(タスクフォース)を組成したりすることが有効です。
さらに、制度として定着させるためには、経営目標や各部門・役職の評価指標に人権に関する要素を組み込む方法もあります。
こうした取り組みによって、現場レベルでの意識が高まり、部門を越えて早期にリスクを把握し、連携して対応できる組織体制の構築につながるでしょう。
実効性のあるメカニズムの構築
リスクを早期に発見するためには、侵害を受けた当事者が声を上げられる窓口の設置が必要です。
自社の従業員だけでなく、サプライヤーの労働者も利用できる、匿名性が担保された窓口を整備することが国際基準でも強く求められています。
通報者の保護を徹底し、寄せられた情報に対して誠実に対応・救済を行うプロセスは、企業のリスク対応力を高める上で重要な仕組みとなるでしょう。
また、不祥事に発展する前の段階で問題を把握するための早期発見の仕組みとしても機能します。
外部リソースの活用と継続的な教育・トレーニング
法規制の更新や国際情勢の変化は非常に速く、自社のリソースだけで最新の専門知識をすべてカバーするのは効率的とはいえません。
コンサルティングやITツールを賢く活用し、効率的なデータ分析を行うことが、中長期的なコストパフォーマンスの向上につながります。
併せて、全社員を対象とした定期的な研修を実施し、人権尊重の重要性や、自社の事業活動との関係について理解を深めることが重要です。
こうした取り組みにより、人権DDが単なる形式的な対応にとどまらず、組織全体に根付いた実効性のある仕組みとして維持されやすくなります。
まとめ
現代の企業経営において、人権デューデリジェンスは、単なるコンプライアンス対応ではなく、企業の持続的な成長を支える重要な経営課題の一つとなっています。
人権侵害リスクを未然に防ぐことは、取引停止やレピュテーションリスクの回避につながるだけでなく、企業の信頼性や競争力の向上にも寄与します。
国際的な法規制の強化や、大手企業によるサプライヤー管理の厳格化は今後さらに進むと考えられます。
対応を先送りすると、市場やサプライチェーンから排除されるリスクが高まる可能性があるでしょう。
人権デューデリジェンスは、一度実施して終わるものではなく、継続的な改善を重ねながら組織に定着させていく取り組みです。
サプライチェーンの可視化やリスク管理体制の整備を進め、自社の状況を把握した上で、できるところから着実に取り組みを進めていくことが重要です。
人権デューデリジェンスに関するよくある質問(FAQ)
本章では、人権デューデリジェンスに関するよくある質問をいくつか紹介します。
人権デューデリジェンスの全体像と実務上のポイントについてさらに詳しく知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
Q1:人権デューデリジェンスに取り組まないことによる具体的な罰則はありますか?
現在の日本国内法において、直接的な刑事罰や罰則が科される段階ではありません。
しかし、欧州の企業やその取引先の場合、巨額の制裁金やEU市場からの製品排除といった実損が生じるリスクがあります。
また、人権侵害が発覚した際の、不買運動や取引停止による経済的損失、採用難、株価下落といった影響は、法的な罰則以上に経営に甚大なダメージを与える可能性があります。
Q2:中小企業でも、大企業と同じレベルのプロセスが必要ですか?
経済産業省のガイドラインは中小企業も対象としていますが、企業の規模やリソースに応じて、できる範囲から段階的に進めることが認められています。
まずは自社に近い1次サプライヤーの把握や、経営理念への人権尊重の位置づけなど、取り組みやすい範囲から着手することが現実的です。
その上で、段階的に対象範囲を広げていくことが重要になります。
Q3:具体的にどのような項目が人権侵害に該当しますか?
強制労働や児童労働に加え、差別やハラスメント、不当な低賃金、過度な長時間労働、労働安全衛生上の問題なども対象に含まれます。
また、サプライチェーンの末端における先住民族の権利侵害や、事業活動に伴う環境影響が周辺住民の健康に悪影響を及ぼすケースも、人権デューデリジェンスにおける重要な確認項目となります。

