日経リスク&コンプライアンス/コラム

反社会的勢力の排除の観点から考える
取引先管理について
受入審査・入口調査編
~匿名通報事業の制度変更にみる現代の考え方~

Release  2024.04
  • コラム・インタビュー
  • 反社会的勢力の排除
  • 第三者(取引先)管理

日本経済新聞社
情報サービス部門 情報サービスユニット
ソリューションスペシャリスト 前島 巧

日本経済新聞社に入社後、AML/CFTやサプライチェーンDD等の観点における第三者(取引先)管理のコンサルティング業務・講演活動に従事。
金融機関をはじめ、メーカー・商社・通信・サービス・不動産業等の多様な業界に対し、第三者(取引先)管理の考え方に関する助言、運用設計、規定策定支援などの経験を有する。公認AMLスペシャリスト(CAMS)。

日本経済新聞社 情報サービス部門 情報サービスユニットソリューションスペシャリスト 前島巧
01

反社会的勢力の定義の追加・変更

2023年10月より、匿名通報事業の制度(※1)の内容が変更されました。

情報料の上限を10万円から100万円へ引き上げられた事や、新たにオンラインカジノ賭博事犯が追加されたことにも注目されますが、何よりも「暴力団が関与する犯罪等」という定義が「暴力団や匿名・流動型犯罪グループ(犯罪組織)が関与する犯罪等」と定義が変更されたことが大きな衝撃です。

警察庁組織犯罪対策部より公開されている「令和4年における 組織犯罪の情勢」、暴力団構成員等の推移からも明らかではありますが、現在の暴力団属性にあたる人口は下降の一途をたどっている(最盛期 約100,000名に対して、令和4年時点で22,400名)一方で、組織やグループに所属しない犯罪集団が増えていることは、周知の事実として明らかでしょう。

こうした匿名・流動型犯罪グループ(通称トクリュウ)が主導になっていると考えられる広域強盗事件や詐欺事案が社会問題として認知される中で、実態解明や解決に向けた制度の変更であることは想像に難くはないでしょう。属性としての暴力団を検知するだけではなく、犯罪行為全般や犯罪類型に目を向ける必要性が高まってきたと解釈できます。

02

企業の受入審査、入口調査対応の実態

このように社会を巻き込みつつ反社会的勢力の排除に向けた取り組みが強化されている中、企業の対応実態はどのような状態なのでしょうか。今回はいわゆる「受入審査(入口調査)」と呼ばれる、新規契約前の取引先属性の確認・評価に焦点を当ててみました。

警察や暴力追放運動推進センターへの照会といった「公助」なども活用しつつ、横断的な目線で評価を進める必要がありますが、「公助」においては立証責任の観点が必要となるため、匿名・流動型犯罪グループのような暴力団属性を持たない対象に関しては、実質的には自社でデスクリサーチに重きを置く必要があります。

もちろん、過度なリサーチで事業が停滞してしまえば元も子もないので、あくまで合理的かつ有効的な手段を取る必要があります。公知な情報≒メディア情報やWeb情報を用いることが一般的ではあります。

ただ、「合理性」にばかりに目を向け、「有効性」の低い方法を取っている企業が事実として多数存在しています。企業がどのような方法を取っており、どこに課題が存在しているのか、解説を進めていきます。

ネガティブキーワード検索に隠された落とし穴

メディアのデータベースやインターネット情報をクローリングする仕組みを用いながら、リスク情報を検知しようと自社でネガティブキーワードを準備し、取引先の評価を実施している企業が多いのではないでしょうか。

ネガティブキーワードイメージ

対象:法人名(代表取締役、役員、実質的支配者 など) and

※筆者が顧客からお聞きした一例です。

一見、それらしく感じますが、有効性の観点から考えてみます。

そもそも対象となるキーワードが、圧倒的に不足しているのではないでしょうか。企業が捉えるべき反社会的勢力に関するリスクの対象は30~50語程度では済まないでしょう。テーマ01でも書いたように匿名・流動性犯罪グループを検知する為には、これまでのような属性だけではなく、様々な犯罪行為や犯罪類型を捉える必要があります。更には何故このキーワードを準備したのかを対外的に説明できるでしょうか。犯罪手段や手口のキーワードを、金融庁が発表しているマネーローンダリングの前提犯罪等から転記していると聞けば理解はできますが、実態は「よくある雛形を使用している」「感覚で危なそうなものを列挙している」企業が大半を占めるでしょう。

次に、今回の制度改定におけるカジノ(賭博)に関するキーワードは誰がどのように追加・更新をしているのか、定期的にトレンドな類型犯罪を更新できているのかは不安が残ります。例えば「強盗」を例に考えると取ってみますが、一昔前までは強盗は「個人の利益や目的の為」に行われる犯罪類型として考えられていましたが、現在では強盗≒広域強盗≒「組織的な犯罪収益の源」として考えられます。もしも、上記のようなキーワード検索を行いながらも、これだけ世間を賑わせている強盗の犯罪類型を追加していないのであれば、反社会的な勢力の排除に対する対応の(努力)義務不履行と見做されても、仕方がありません。

またキーワード例に「詐欺」と準備していますが、もしも「詐取」や「騙し取った(騙まし取った)」と報道・記載されているケースにおいてはリスク情報を取れずに、取引を実施してしまうでしょう。こうした表現・表記の揺らぎにも対処する必要があります。これだけリスクの検知の抜け漏れ可能性が高い方法≒有効性の低い方法を取っている企業が多いのが実態であり、反社会的勢力の排除における十分な受入審査・入口調査を行えていないことが見て取れます。

03

反社会的勢力の排除の取り組みに対する解釈

POINT:対外説明の重要性が高まっている

取引先管理のポイントは、対外説明が可能(取引先管理における問題が発生した時に、対外抗弁が可能)な状態を作ることです。議題に挙げたような受入審査・入口調査において自社が、どのような情報ソースを用いているか、有効性のあるロジック、体制、運用など、自社における最善(努力義務対応ではない)を尽くしていることを説明できるかが重要となってきています。ここで、なぜ対外説明の重要性が高まってきているのか、再度テーマ01に振り返ろうと思います。警察庁の力をもっても事実を解明することが困難であるが故の制度改定であり、更に言えば犯罪収益の最終受益者の判明は非常にハードルが高いことが想定されます。言い換えれば、受け子・掛け子に代表されるいわゆるフロントが検知が出来ても、追跡されないように徹底しているような真の反社会的勢力を検知し、謝絶することは不可能に近いでしょう。

それゆえに、発覚するのは何かが起きてから(コンプライアンスプログラムでいう、事後対応)となるリスクが高くなるため、取引先や監督官庁への説明責任が発生します。対外説明をする際にテーマ02で上げたような、有効性も説明できず、検知の抜け漏れリスクが高い手法を取っている企業が、果たして説明責任を果たすことができるのでしょうか。

だからこそ、平時から有効性を説明できるだけの対応や仕組みが求められており、努力義務ではなく自助としての最善が求められるのです。無論、企業のインテグリティ精神に則ってベストは尽くすべき話ではあります。反社会的な勢力の排除に対する企業の取り組みはコンプライアンスだけでなく、レピュテーションマネジメント、ひいてはリスクマネジメント領域の文脈として対応を進めると捉えて実施する時代になってきていると理解・解釈すべきでしょう。

自社のリスク管理体制強化に日経リスク&コンプライアンス

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