取引先のコンプライアンスチェックについての現状と対応策

取引先のコンプライアンスチェックについての現状と対応策

「反社会的勢力排除のための取引先審査の実務」と題した
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手打寛規弁護士

企業の社会的責任や経営統治の重要性が高まるなか、ビジネスをする上で取引先のコンプライアンスチェックが不可欠となっている。取引先などに法令を守らない集団や人がいれば、その取引先と関係を持つこと自体が企業にとってもリスクとなるので、取引先を詳しく知る必要がある。

実際の法律相談や企業に対するトラブル防止支援、社内体制整備に向けた助言などを通じ、反社会的勢力への対応に日々関わっておられる、馬場・澤田法律事務所の手打寛規弁護士に、取引先のコンプライアンスチェックについて伺った。

なぜ、コンプライアンスチェックが必要なのでしょうか?

手打さん: ここ10年ほど、反社会的勢力との関係を遮断しなくはいけないという、社会的な気運が高まる中で、いわゆる「反社会的勢力チェック(以下「反社チェック」)」が行われるようになりました。

企業が反社会的勢力と関係を持ち、暴力団の活動を助長しているなどとみられる場合には、企業は反社会的勢力との関係を継続しているものとされ、コンプライアンス違反を疑われることになります。

さらに、近年では企業のコンプライアンスに対する意識が高まり、大手企業を中心に、反社会的勢力との取引のみならず、法令違反をはじめとする、コンプライアンス違反を犯した企業との取引を避けようとする風潮が広がってきています。

そこで、いわゆる反社チェックに留まらず、取引先がコンプライアンス違反をする企業ではないかをチェックするという視点での、コンプライアンスチェックが必要になってきています。コンプライアンスリスクは企業の継続性における重要課題です。
違反があれば企業に重大なダメージを与え、最悪の場合、倒産に追い込まれる場合もあります。コンプライアンスリスクは、企業がリスク管理の対象とすべき重大なリスクです。

コンプライアンスチェックについては、どのような相談が多いのですか?

手打さん: まだまだ、反社会的勢力との関係遮断との関係で、新規取引先や既存取引先が反社会的勢力ではないかどうか、また、仮に反社会的勢力であった場合にどのような対応を取るべきかといった相談が多いです。

もっとも、最近は、反社会的勢力の潜在化、不透明化が進み、その傾向が顕著なため、反社会的勢力ではないものの、その関係者や周辺者の見極めや対応、さらには、過去にコンプライアンス違反をしている新規又は既存の取引先との対応についても相談を受けるケースが多くなってきています。

以前と比較して、相談内容が変化しているという感触はありますか?

手打さん: 以前は、反社会的勢力の中でも、取引先が暴力団に該当するか否かという相談が多かったと思います。しかし、最近では、前述のとおり、暴力団の潜在化・不透明化が顕著ですので、暴力団に限らず、その関係者や周辺者に該当するかという相談が増えました。いわゆる暴力団の「共生者」、「密接交際者」、「暴力団関係者」、「暴力団と社会的に非難されるべき関係を有する者」にあたるかの相談です。

なお、「単に暴力団員と一緒に写真に写ったことがある」とか「親族に暴力団員がいる」といった事情だけでは前述の「共生者」等とは見なされませんので注意が必要です。 さらには、「暴力団とは関係ないが、過去に刑事事件を犯した者がいる」といったケースなど、取引先や取引先の関係者にコンプライアンス違反があった場合に、当該取引先と取引を行うことが適切かどうかという相談を受けることも増えてきました。

どのような業種・業態の企業が、コンプライアンスチェックをより徹底すべきなのでしょうか?

手打さん: どの業種・業態がどうということよりも、リスクベースで考えること、つまり、リスクベースアプローチの考え方が重要です。まずは、自社の取引の中で、どの取引がコンプライアンス違反が生じやすいのかを分析・評価する視点が必要です。

前述のとおり、コンプライアンスチェックの対象は広がってきており、全ての取引についてコンプライアンスチェックを徹底するということは現実的ではありません。そのため、コンプライアンスチェックも、リスクベースアプローチで考えるべきであり、自社の各取引におけるリスクの程度に応じて、自社のコンプライアンスチェックのレベルを検討すべきでしょう。

自社で行われている取引のうち、コンプライアンス違反が生じ易い取引についてのリスク評価を行い、それに従ってチェックを行うのです。ここで、反社チェックを例にとって考えてみたいと思います。

反社チェックでは、各取引の「利益供与該当性」(企業が提供する商品、サービスが反社会的勢力の活動を助長するものかどうか)をベースに、取引規模の大きさや、反社会的勢力が関与しやすい取引か否かなどを考慮してリスクの程度を判断していくことになります。

例えば、金融取引や不動産取引を例にすると、金融取引においては、反社会的勢力が詐欺行為を行うのに銀行口座を持ったり、犯罪行為で獲得した資金を金融市場に投資したりということは阻止しないといけません。また、不動産取引においても、犯罪の拠点となる場所を提供したことになれば利益供与と見なされる可能性があり、リスクの程度が高い取引と分類できます。

また、反社チェックを考える際の重要なポイントとして、新規契約は「契約自由の原則」を使って謝絶がし易いのに対して、一度契約してしまうと(既存)契約を解除するのは簡単ではないという点があります。そのため、入り口段階の契約審査は慎重に行うべきなのです。

スクリーニングで問題なかったために契約をしたものの、契約後に審査して違反が判明した場合に排除策はあるのでしょうか?

手打さん: ここでも、反社会的勢力との関係遮断の場合を例にとって説明しましょう。

このようなケースでは、既に取引関係があるということになり、簡単には関係遮断ができません。前述のとおり、新規取引先ならば、いわゆる「契約自由の原則」によって契約申入れを謝絶することができ、企業側の広い裁量があります。しかし既存取引先の場合は、原則として、「契約解除事由」(反社会的勢力との関係遮断であれば「暴排条項」)に該当しているか、法律上の根拠に基づいて契約解除・終了が可能か、どちらかでないと契約を解除・終了させることができないからです。

暴排条項に該当する事実や法律に基づく解除事由が立証可能であれば、契約解除ができますので、契約解除通知を出せます。ただし、先方が激しく抵抗することが予想される場合や、反社会的勢力による何らかの接触行為や報復行為の恐れがあるといった場合には、弁護士が代わって通知を出すのが普通です。

最近では、相手が反社会的勢力で、弁護士から通知を出した場合は、係争化することは少ないです。向こうも契約を解除された理由がわかるからです。

他方、暴排条項に該当する事実を立証するのが難しい場合や、その他契約上、法律上の解除事由の立証が難しいため、こちらが契約解除を強く主張できないが、何とかして契約を解除したいという場合は、悩ましいケースとなります。一般的には、合意解除の方向で先方と協議する、次の契約更新時に契約を終了させるなど、様々な方法がありますが、個別の案件の特性に応じて対応を考える必要があります。

やはり、既存の取引先を排除することはそう簡単ではありません。一度契約を結んでしまえば、企業の側も契約に縛られるからです。そのため、まずは入り口段階で慎重なチェックを行い、反社会的勢力を企業に寄せ付けないことが重要なのです。

企業がコンプライアンスチェックをする際、特に重要なポイントは何ですか?

手打さん: ここでも、いわゆる反社チェック・反社対応の基本から説明させて頂きます。

まず、重要なポイントは、反社会的勢力の行動原理から考えることだと思います。彼らは経済合理性を第一として動きます。とにかく、効率的に金を儲けようとする。つまり、何をするにもガードが堅い会社は避けて、脇の甘い会社を狙って近づいてきます。そのため、反社会的勢力から見て、脇の甘い会社であるとか、反社会的勢力排除体制が弱い会社だと見られないようにすることが大切です。同業他社と比べて、見劣りしない体制を構築しておくことが重要なのです。

例えば、不動産賃貸業であれば、総じて反社対策を進めており、反社チェックが厳しくなっています。ほとんどの会社がコンプライアンスチェックのためのツールなどを導入して、審査をするのが当然の実務になっています。実際、私が反社会的勢力との関係遮断対応を行っていると、相手方である反社会的勢力側から「引っ越し先の契約審査が通らず、引っ越し先が見つからない」というぼやきをよく聞かされます。実際にそうなのだと思います。そこに審査が甘い会社があれば、すぐに反社会的勢力につけ込まれてしまいます。

そうならないためにも、業界水準のチェック体制に対して、最低でも同レベル、できれば水準よりやや上のレベルの反社チェックを徹底することが理想です。その意味では、常に業界の動向に気を配ること、情報収集を行うことが必須になってきます。

企業がコンプライアンスチェックを強化する際、すぐにできることはありますか?

手打さん: 先述したように、「入り口で寄せ付けない」ことが最優先で、そのために重要な事項は2つです。

ひとつは、データベースなどを活用して契約審査を充実させること。これもリスクベースで考えることが重要ですが、例えば、今回日経さんが紹介されている日経リスク&コンプライアンスのような業界での利用実績のあるツールを活用することにより、業界スタンダードのチェック体制を整えることは業界水準のチェック体制を整備するためには有効な対策だと思います。

もうひとつは、いわゆる「暴排条項」、つまり暴力団排除条項を契約書に盛り込むことです。もし、反社会的勢力であることを秘して契約行為に及んだ場合、反社会的勢力は詐欺罪(※刑法第246条の2)に問われかねないため、反社会的勢力に対する有効な牽制機能が働きます。契約に暴排条項が盛り込まれていれば、反社会的勢力は詐欺罪で逮捕されるリスクを冒して契約を結ぶことになるため、相当なハードルとなるのです。

チェック体制強化と暴排条項という2つの対策により、「入り口で寄せ付けない」ことが可能になります。 そして、このような考え方は、広くコンプライアンスチェック全般に適用できる考え方だと思います。

最後に、コンプライアンスチェックにお悩みの方へのメッセージをお願いします。

手打さん: コンプライアンスチェックは、法令で定められた内容を網羅すればいいというものではありません。企業ごとに、リスクベースアプローチを使って、そのリスクを見極め、リスクの程度に応じた対策を実行していくことが求められます。言わば、明確な答えのない問題であると言えます。

企業は、自社の取引に潜むリスクを分析・評価して、どこまでの契約審査をすればいいか、あるいはコンプライアンス違反をしないための防衛策、解決策を自社で構築していかなければなりません。企業にとっては大変な作業だと思います。

しかし、現代社会では、企業に対するモラルや信頼性が何よりも求められていることは確かです。そのような背景において、反社会的勢力を含めて、コンプライアンス違反をしている取引先との関係を遮断していくということは、企業が自社に対する社会的信頼を勝ち取るために必須の作業だと言えます。

最近、吉本興業の芸人が振り込め詐欺グループに対して闇営業を行っていた事件が世間を賑わせました。詐欺グループのイベントに参加して報酬を得たこと自体は、必ずしも法令に違反する行為ではありません。しかし、犯罪で得た収益を使って宴会をしている場所に、芸人が参加して報酬を貰っていたら、それは犯罪収益から報酬を貰っているのと結果は同じだと世間は認識します。

企業が社会的な信用を失えば、大きなダメージを受けることは、吉本興業の一件でも明らかになったと思います。そのためにも、大変な作業ではありますが、コンプライアンスチェックを怠ってはならないのです。

この記事は2019年7月にインタビューした内容をもとに作成しています。

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